ナか名告《なの》りあはで止むべき。我はおん身を愛す。語り畢りて手をさし伸ばせば、マリア[#「マリア」に傍線]は跪《ひざまづ》きて我手を握り、我手背に接吻したり。
數日の後、我はマリア[#「マリア」に傍線]と柑子《かうじ》の花|香《かぐは》しき出窓の前に對坐して、この可憐なる少女の清淨なる口の、その清淨なる情を語るを聞きつ。少女の語りけらく。わが幼かりし時は、唯だ日の暖きを知り、董花の香しきを知るのみなりき。或時「チンガニイ」族のおうなありて、我目の必ず開《あ》く時あるべきを告げしが、その時期はいつなるべきか、絶て知るよしあらざりき。ペスツム[#「ペスツム」に二重傍線]の古祠の下にて、おん身の唇の暖きこと、日の暖きが如くなるを覺えし夕、彼おうな夢に見えて、汝のやしなひ親なるアンジエロ[#「アンジエロ」に傍線]とともに、カプリ[#「カプリ」に二重傍線]の島なる窟《いはむろ》に往け、アンジエロ[#「アンジエロ」に傍線]は富貴を獲べく、汝はトビアス[#「トビアス」に傍線]の如く、(舊約全書を見よ)光明を獲べしと云ひぬ、醒めて後アンジエロ[#「アンジエロ」に傍線]に語れば、これも同じ夜に同じ夢を見き。アンジエロ[#「アンジエロ」に傍線]は我を伴ひて島に渡りしに、天使はおん身に似たる聲して我名を呼び、我に藥艸を與へき。歸りて之を煮んとする時、ロオザ[#「ロオザ」に傍線]が兄なる人我等の住める草寮《こや》に憩ひて、我目の開《あ》くべきを見窮《みきは》め、我を拿破里に率《ゐ》て往きぬ。手術は功を奏せり。ロオザ[#「ロオザ」に傍線]が兄なる醫師《くすし》は、我を養ひて子となし、希臘《ギリシア》にてみまかりし子の名を取りて、我をマリア[#「マリア」に傍線]と呼びぬ。ある日アンジエロ[#「アンジエロ」に傍線]は、忽ち醫師のもとに來て、われは命の久しからざるべきを知りぬ、我が貯へし金を讓らん人ララ[#「ララ」に傍線]ならではあらざるべし、先づこれをあづけまゐらせんとて、金あまた取出《とうで》て、逗留すること數日にして眠るが如くみまかりぬ。われはさきの夜の席《むしろ》にて、おん身の舟人の不幸を歌ひ給ふを聞き、おん身の聲を聞き知りて、直ちにおん身の脚下に跪きぬ。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が末期《まつご》の詞の我に希望の光明を與へしと、おん身のつれなき旅立の我を病に臥さしめしとは
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