ハに臨みてポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]は聲高く笑ひつゝ、許嫁《いひなづけ》の女|極《き》まらば、彼約束を忘るなといひぬ。われは、けふさる戲言《ざれごと》いふことかはと戒《いまし》めつゝも、心の中にその笑顏の涙を掩ふ假面《めん》なるをおもひて、竊《ひそか》に友の情誼に感じぬ。
 車は情なくして走り、一|堆《たい》の緑を成せるブレンタ[#「ブレンタ」に二重傍線]の側を過ぎ、垂楊の列と美しき別業《べつげふ》とを見、又遠山の黛《まゆずみ》の如きを望みて、夕暮にパヅア[#「パヅア」に二重傍線]に着きぬ。聖《サン》アントニウス[#「アントニウス」に傍線]寺の七穹窿は、恰も好し月光に耀けり。柱列の間には行人|絡繹《らくえき》として、そのさまいと樂しげなれども、われは獨り心の無聊《ぶれう》に堪へざりき。
 白晝《まひる》となりてより、我無聊は愈※[#二の字点、1−2−22]甚だしければ、又車を驅りてこゝを立ち、一の平原に入りぬ。緑草の鬱茂せるさまはポンチニイ[#「ポンチニイ」に二重傍線]の大澤《たいたく》に讓らず。瀑布の如くなる大柳樹は古塚を掩《おほ》ひ、所々に聖母《マドンナ》の像を安じたる贄卓《にへづくゑ》を見る。像の古《ふ》りたるは色褪《いろあ》せて、これを圍める彩畫ある板壁さへ、半ば朽ちて地に委《ゆだ》ねたれど、中には聖母兒《せいぼじ》の丹粉《にのこ》猶|鮮《あざやか》かなるもなきにあらず。御者はその古きに逢ひては顧みだにせねど、その新なるを見るごとに、必ず脱帽して過ぐ。われはその何の心なるを知らずして、唯※[#二の字点、1−2−22]聖母の貴きすら、色褪せては人に崇《あが》めらるゝことなきを歎じたり。
 ヰチエンツア[#「ヰチエンツア」に二重傍線]を過ぎぬれど、パラヂオ[#「パラヂオ」に傍線](中興時代の名ある畫師)が美術も光明を我胸の闇に投ずること能はざりき。ヱロナ[#「ヱロナ」に二重傍線]は始て稍※[#二の字点、1−2−22]我心を動したり。石級のコリゼエオ[#「コリゼエオ」に二重傍線]に似たるありて、幸に兵燹《へいせん》を免れ、人をして小羅馬に入る感あらしむ。柱列の間《あひだ》なる廣き處は、今税關となり、演戲場の中央には、板を列ね幕を張りて、假に舞臺を補理《しつら》ひ、旅役者の興行に供せり。夜に入りて我は試《こゝろみ》に往きて看つ。ヱロナ[#「ヱロナ」に二重傍線]
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