艪ノ代りて、若し疑はしとおもひ給はゞ、夥伴《なかま》に入り給はでもあるべきにと答へぬ。人々はこれを聞きて打笑ひ、只管《ひたすら》我が演じいだす所のいかなるべきを俟《ま》ち居たり。
 われは將《まさ》に口を開かんとするに臨みて、神の我に光明を與へ給ふを覺えたり。先づヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]の配偶なる、威力ある海を敍し、それより海の兒孫なる航海者に及び、性命を一|葦《ゐ》に托する漁者に及べり。次に前夕《さいつゆふべ》の目撃せしところに就きて颶風を敍し、岸に臨みて翹望《げうばう》せる婦幼に及び、十字架を落す兒童とこれを拾ひて高く※[#「敬/手」、第3水準1−84−92]《さゝ》ぐる漁翁とに及べり。我は殆ど歌ふところのものゝ即ち神の御聲《みこゑ》にして、我身の唯だ此聲を發する器具に過ぎざるを覺えき。時に廣座の間|寂《せき》として人なきが如く、處々に巾《きれ》もて涙を拭ふものあるを見る。われはこれより茅屋《ばうをく》のうちなる寡婦孤兒の憐むべき生活《なりはひ》を敍し、賑恤《しんじゆつ》の必要と其效果とに及べり。われは人間の快さは取るに在らずして與ふるに在り、與ふる快さは即ち神の御心にして、此心あるものは誰か眞の詩人たらざらんと云へり。我聲の威力、その幅員は曲の末解に至りて強さと大さとを加へき。我曲は能く衆人を感動せしめき。我が卓上の物を取りてポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]に交付し、これに救助の事を托せしときは喝采の聲|屋《いへ》を撼《ゆるが》したり。爾時《そのとき》一の年わかき婦人ありて、我前に來り跪《ひざまづ》き、我手を握り、その涙に潤《うるほ》へる黒き瞳もて我面を見上げ、神の母の報《むくい》は君が上にあれと呼びたり。われは婦人の黒き瞳を見て、曾て夢中に相逢ひたる如き念《おもひ》をなし、深くこれに動されぬ。婦人は此言をなし畢《をは》りて、纔《わづか》におのれの擧動の矩《のり》を踰《こ》えたるを曉《さと》れりとおぼしく、臉《かほ》に火の如き紅《くれなゐ》を上《のぼ》して席をすべり出でぬ。
 座客は皆我傍に集ひて、わが博愛の心を稱《たゝ》へ、わが即興の作を讚む。ポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]は我を擁して、幸ある友よ、人の仰ぎ視ることをだに敢てせざる美人は、膝を君が前に屈せしにあらずやとささやけり。われ。渠《かれ》は何人《なんぴと》なりしか。ポツジヨ[#「ポツジヨ
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