F目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りて我等を打目守《うちまも》れり。若しわれ等にしてふとその一人の面を見ることあるときは、その手は忽ち賜《たまもの》を受くるがために伸べられ、その口は忽ち「ミゼラビレ」(憐を乞ふ語)を唱へ出すなり。瞽女《ごぜ》はいづち往きけん見えず。われはあはれなる少女の、獨りいかなる道の邊《べ》に蹲《うづくま》り居るかを思ひ遣りぬ。
 我等は一の劇場と一の平和神祠との迹《あと》なる斷礎の上を登り行きぬ。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]人々を顧みて、あはれ平和と演劇との二つのもの、いかなればかく迄相親むことを得たるぞと云ふ。(劇場の徒の多く相嫉視するを諷するにや。)我等は海神《ポセイドン》祠《し》の前に立てり。世にはこれを「バジリカ」とぞいふ。近き頃、彼《かの》ポムペイ[#「ポムペイ」に二重傍線]の古市《こし》と同じく、闇黒の裡《うち》より出でゝ人の遺忘を喚び醒《さま》したるものは、此祠と穀神祠《デメエテル》となり。この祠《ほこら》の荊棘《けいきよく》に鎖《とざ》され、土石に埋められたること幾百年ぞ。幸に外國《とつくに》の一畫師ありてこゝを過ぎ、柱尖の僅に露出せるを見、その美を喜びて寫し歸りしより、世の人こゝに注目し、終に棘を刈り土を掘りて、此の宏壯なる柱堂の、新に落《らく》せるものゝ如く、耽古者流の愛《め》で翫《もてあそ》ぶところとなるには至りしなり。圓柱は黄なるトラヱルチイノ[#「トラヱルチイノ」に二重傍線]石もて作られたり。(相待上新しき地層の石にして、石灰分ある温泉の鹽類の凝りて生ずる所なり。)無花果樹《いちじゆく》はその匝《めぐり》に枝さしかはし、野生の葡萄は柱頭迄|攀《よ》ぢ上り、石質の罅隙《かげき》を生じたる處には、菫花の紫と「マチオラ」の紅とを見る。
 我等は倒れたる一圓柱の趺《ふ》の上に踞したり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]の力に頼りて、乞兒《かたゐ》の群を逐ひ拂ふことを得たりしかば、我等の心靜に四邊《あたり》の風景を玩《もてあそ》ぶには、復た何の妨《さまたげ》もあらざりき。山の姿、海の色、この古神祠の頽敗の状《さま》など、一として我情を動さゞるものなし。公子、今こそは我等がために一篇の即興詩を作《な》すことを辭せざるならめ、と問ひ掛け給へば、夫人も頷きて同じ心を表し給ふ。われは柱を背にして立ち、少
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