tりたる如し。蜃氣樓よと漁父等は叫びて、相|指《ゆびさ》して嬉《たのし》み笑へり。彼の漁父の子のみは獨り笑はざりき。知らずや、かの樓閣はわが昔少女と共に遊び暮しゝ處なるを。懷舊の念しきりにして、戀慕の情止むことなく、雙眸《さうぼう》涙に曇る時、島國は忽ち滅《き》えたり。月あかき宵の事なりき。島國は又湧き出でぬ。忽ち一隻の舟ありて、漁父等の立てる岬《みさき》の下より、弦《つる》を離れし征箭《さつや》の如く、波平かなる海原を漕ぎ出で、かの怪しき島國の方に隱れぬ。黒雲空を蔽ひて、海面には暗緑なる大波を起し、潮水倒立して一條の巨柱を成せり。須臾《しゆゆ》にして雲|斂《をさ》まり月清く、海面|復《また》た平かになりぬ。されど小舟は見えざりき。彼漁父の子も亦あらずなりぬ。歌ひ畢《をは》るとき、喝采の聲前に倍し、我膽力は漸く大に、我|興會《きようくわい》は漸く高し。
 第三曲の題はタツソオ[#「タツソオ」に傍線]なりき。われは一たびタツソオ[#「タツソオ」に傍線]たりしことあり。レオノオレ[#「レオノオレ」に傍線]は即ちアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]なり。我等はフエルララ宮中に相見たり。われは囹圄《れいご》の苦を嘗め、懷裡に死を藏して又自由の身となり、波立てる海を隔てゝソルレントオ[#「ソルレントオ」に二重傍線]より拿破里《ナポリ》を望み、また聖《サン》オノフリイ[#「オノフリイ」に二重傍線]寺の※[#「木+解」、第3水準1−86−22]樹《かしのき》の下に坐し、戴冠式の鐘聲カピトリウム[#「カピトリウム」に二重傍線]街頭に起るを聞けり。されど冥使早く至りて其冠をわれに授けつ。是れ不死不滅の冠なりき。思想の急流は我を漂し去りて、我|心跳《しんてう》は常に倍せり。
 最後の一曲はサツフオオ[#「サツフオオ」に傍線]の死を題とす。嫉妬の苦も亦我が自ら味ひたるところなり。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が痍負《てお》ひたるベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]に吝《おし》まざりし接吻は、今|憶《おも》ふも猶胸焦がる。サツフオオ[#「サツフオオ」に傍線]の美はアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]に似て、その戀情の苦は我に似たり。波濤はこの可憐なる佳人を覆ひ了《をは》んぬ。(十六世紀の伊太利詩人タツソオ[#「タツソオ」に傍線]と前七世紀の希臘《ギリシア》女詩人サツフ
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