れた袖を払って、障子をさっと開けた。
 廊下の硝子障子から差し込む雪明りで、微かではあるが、薄暗い廊下に慣れた目には、何もかも輪郭だけはっきり知れる。一目室内を見込むや否や、お松もお花も一しょに声を立てた。
 お花はそのまま気絶したのを、お松は棄てて置いて、廊下をばたばたと母屋《おもや》の方へ駈け出した。

      *     *     *

 川桝の内では一人も残らず起きて、廊下の隅々の電灯まで附けて、主人と隠居とが大勢のものの騒ぐのを制しながら、四畳半に来て見た。直ぐに使を出したので、医師が来る。巡査が来る。続いて刑事係が来る。警察署長が来る。気絶しているお花を隣の明間《あきま》へ抱えて行く。狭い、長い廊下に人が押し合って、がやがやと罵《ののし》る。非常な混雑であった。
 四畳半には鋭利な刃物で、気管を横に切られたお蝶が、まだ息が絶えずに倒れていた。ひゅうひゅうと云うのは、切られた気管の疵口《きずぐち》から呼吸をする音であった。お蝶の傍《そば》には、佐野さんが自分の頸《くび》を深く※[#「宛+りっとう」、第4水準2−3−26]《えぐ》った、白鞘《しらさや》の短刀の柄《つか》を
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