《まれ》に一しきり強い風が吹き渡る時、その音が聞えるばかりであったが、下に降りて見ると、その間にも絶えず庭の木立の戦《そよ》ぐ音や、どこかの開き戸の蝶番《ちょうつがい》の弛《ゆる》んだのが、風にあおられて鳴る音がする。その間に一種特別な、ひゅうひゅうと、微《かす》かに長く引くような音がする。どこかの戸の隙間から風が吹き込む音ででもあるだろうか。その断えては続く工合が、譬《たと》えば人がゆっくり息をするようである。
「お松さん。ちょいとお待ちよ。」お花はお松の袖を控えて、自分は足を止めた。
「なんだねえ。出し抜けに袖にぶら下がるのだもの。わたしびっくりしたわ。」お松もこうは云ったが、足を止めた。
「あの、ひゅうひゅうと云うのはなんでしょう。」
「そうさねえ。梯子を降りた時から聞えてるわねえ。どこかここいらの隙間から風が吹き込むのだわ。」
 二人は暫く耳を欹《そばだ》てて聞いていた。そしてお松がこう云った。「なんでもあんまり遠いとこじゃなくってよ。それに板の隙間では、あんな音はしまいと思うわ。なんでも障子の紙かなんかの破れた処から吹き込むようだねえ。あの手水場《ちょうずば》の高い処にある小
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