ある日記に惹《ひ》かれた。きのう自分の実際に遭遇した出来事よりは、それを日記にどう書いたということが、当面の問題であるように思われる。記憶は記憶を呼び起す。そして純一は一種の不安に襲われて来た。それはきのうの出来事に就いての、ゆうべの心理上の分析には大分行き届かない処があって、全体の判断も間違っているように思われるからである。夜の思想から見ると昼の思想から見るとで同一の事相が別様の面目を呈して来る。
 ゆうべの出来事はゆうべだけの出来事ではない。これから先きはどうなるだろう。自分の方に恋愛のないのは事実である。しかしあの奥さんに、もう自分を引き寄せる力がないかどうだか、それは余程疑わしい。ゆうべ何もかも過ぎ去ったように思ったのは、瘧《おこり》の発作の後《のち》に、病人が全快したように思う類《るい》ではあるまいか。又あの謎《なぞ》の目が見たくなることがありはすまいか。ゆうべ夜が更けてからの心理状態とは違って、なんだかもう少しあの目の魔力が働き出して来たかとさえ思われるのである。
 それに宿主なしに勘定は出来ない。問題はこっちがどう思うかというばかりではない。向うの思わくも勘定に入れなくて
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