事を考えて、二人は本郷の通を歩いた。大村の方では田舎もなかなか馬鹿にはならない、自分の知っている文科の学生の或るものよりは、この独学の青年の方が、眼識も能力も優れていると思うのである。
 大学前から、道幅のまだ広げられない森川町に掛かるとき、大村が突然こう云った。
「君、瀬戸には気を着けて交際し給えよ」
「ええ。分かっています。Boheme[#一つ目の「e」は「`」付き]《ボエエム》ですから」
「うん。それが分かっていれば好《い》いのです」
 近いうちに大村の西片町の下宿を尋ねる約束をして、純一は高等学校の角を曲った。

     九

 十一月二十七日に有楽座でイブセンのJohn Gabriel Borkmann《ジョン ガブリエル ボルクマン》が興行せられた。
 これは時代思潮の上から観《み》れば、重大なる出来事であると、純一は信じているので、自由劇場の発表があるのを待ち兼ねていたように、早速会員になって置いた。これより前に、まだ純一が国にいた頃、シェエクスピイア興行があったこともある。しかしシェエクスピイアやギョオテは、縦《たと》いどんなに旨《うま》く演ぜられたところで、結構には
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