程ずつに固まった、柔かい前髪の為めもあろう。その前髪の下の大きい目が、日に目映しがっても、少しも純一には目映しがらない。
「あなたお国からいらっしった方のようじゃあないわ」
 純一は笑いながら顔を赤くした。そして顔の赤くなるのを意識して、ひどく忌々しがった。それに出し抜けに、美中に刺《し》ありともいうべき批評の詞を浴《あび》せ掛けるとは、怪《け》しからん事だと思った。
 婆あさんはお鉢を持って、起《た》って行った。二人は暫く無言でいた。純一は急に空気が重くろしくなったように感じた。
 垣の外を、毛皮の衿《えり》の附いた外套《がいとう》を着た客を載せた車が一つ、田端の方へ走って行った。
 とうとう婆あさんが膳を下げに来るまで、純一は何の詞をも見出《みいだ》すことを得なかった。婆あさんは膳と土瓶とを両手に持って、二人の顔を見競《みくら》べて、「まあ、大相《たいそう》お静《しずか》でございますね」と云って、勝手へ行った。
 蹲の向うの山茶花《さざんか》の枝から、雀が一羽飛び下りて、蹲の水を飲む。この不思議な雀が純一の結ぼれた舌を解《ほど》いた。
「雀が水を飲んでいますね」
「黙っていらっしゃ
前へ 次へ
全282ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング