信じているものは、先ず無いね。遠い昔に溯《さかのぼ》って見れば見る程、人間は共同生活の束縛を受けていたのだ。それが次第にその羈絆《きはん》を脱して、自由を得て、個人主義になって来たのだ。お互に文学を遣っているのだが、文学の沿革を見たって知れるじゃないか。運命劇や境遇劇が性格劇になったと云うのは、劇が発展して個人主義になったのだ。今になって個人主義を退治ようとするのは、目を醒まして起きようとする子供を、無理に布団の中へ押し込んで押さえていようとするものだ。そんな事が出来るものかね」
これまでになく打ち明けて、盛んな議論をしているが、話の調子には激昂《げきこう》の迹《あと》は見えない。大村はやはりいつもの落ち着いた語気で話している。それを純一は唯「そうですね」「全くですね」と云って、聞いているばかりである。
「一体妙な話さ」と、大村が語り続けた。「ロシアと戦争をしてからは、西洋の学者が一般に、日本人の命を惜まないことを知って、一種の説明をしている。日本なんぞでは、家族とか国家とか云う思想は発展していないから、そういう思想の為めに犠牲になるのではない。日本人は異人種の鈍い憎悪の為めに、生命
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