っているのは、さっき電車で初めて逢った高山先生である。先生は両手を火鉢に翳《かざ》しながら、何やら大声で話している。純一はしょさいなさにこれに耳を傾けた。聞けば狸《たぬき》の話をしている。
「そりゃあわたし共のいた時の聖堂なんというものは、今の大学の寄宿舎なんぞとは違って、風雅なものだったよ。狸が出たからね。我々は廊下続きで、障子を立て切った部屋を当てがわれている。そうすると夜なか過ぎになって、廊下に小さい足音がする。人間の足音ではない。それが一つ一つ部屋を覗《のぞ》いて歩くのだ。起きていると通り過ぎてしまう。寐《ね》ているなら行燈《あんどん》の油を嘗《な》めようというのだね。だから行燈は自分で掃除しなくても好《い》い。廊下に出してさえ置けば、狸|奴《め》が綺麗に舐《な》めてくれる。それは至極結構だが、聖堂には狸が出るという評判が立ったもんだから、狸の贋物《にせもの》が出来たね。夏なんぞは熱くて寐られないと、紙鳶糸《たこいと》に杉の葉を附けて、そいつを持って塀の上に乗って涼んでいる。下を通る奴は災難だ。頭や頬っぺたをちょいちょい杉の葉でくすぐられる。そら、狸だというので逃げ出す。大小を
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