娵の安と云っているという話が記憶に浮き出して来た。
支度をして待っていた純一は、瀬戸と一しょに出て、上野公園の冬木立の間を抜けて、広小路で電車に乗った。
須田町で九段両国の電車に乗り換えると、不格好な外套《がいとう》を被《き》て、この頃見馴れない山高帽を被《かぶ》った、酒飲みらしい老人の、腰を掛けている前へ行って、瀬戸がお辞儀をして、「これからお出掛ですか、わたくしも参るところで」と云っている。
瀬戸は純一を直ぐにその老人に紹介した。老人はY県出身の漢学者で、高山先生という人であった。美術学校では、岡倉時代からいろいろな学者に、科外講義に出て貰って、講義録を出版している。高山先生もその講義に来たとき、同県人の生徒だというので、瀬戸は近附きになったのである。
高山先生は宮内庁に勤めている。漢学者で仏典も精《くわ》しい。※[#「※」は「登+おおざと」、第3水準1−92−80、130−15]完白《とうかんぱく》風の篆書《てんしょ》を書く。漢文が出来て、Y県人の碑銘を多く撰《えら》んでいる。純一も名は聞いていたのである。
暫くして電車が透いたので、純一は瀬戸と並んで腰を掛けた。
瀬
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