窘迫《きんぱく》と興奮とを感じた。しかしこの娘はフランスの小説や脚本にある部屋附きの女中とは違って、おとなしく、つつましやかに、入口《いりくち》の傍に立ち留まって、両手の指を緋鹿子《ひがのこ》の帯上げの上の処で、からみ合わせていた。こういう時に恐るべき微笑もせずに、極めて真面目に。
 己は選びもせずに、ラシイヌの外《ほか》の一巻を抽《ぬ》き出して、持《も》て来た一巻を代りに入れて置いて、しづえと一しょに洋室を出た。
 己を悩ました質《しち》の、ラシイヌの一巻は依然として己の手の中《うち》に残ったのである。そして又己を悩まさなくては済まないだろう。
 奥さんの部屋へ、暇乞《いとまごい》に覗くと、奥さんは起って送りに出た。上草履を直したしづえは、廊下の曲り角で姿の見えなくなる程距離を置いて、跡から附いて来た。
「お暇があったら箱根へいらっしゃいましね」と、静かな緩い語気で、奥さんは玄関に立っていて繰り返した。
「ええ」と云って、己は奥さんの姿に最後の一瞥《いちべつ》を送った。
 髪の毛一筋も乱れていない。着物の襟をきちんと正して立っている、しなやかな姿が、又端なく己の反感を促した。敵は己を
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