さるわ」細い指をちょいと縁に衝《つ》いて、立ちそうにする。
「這入《はい》ってお締めなさい」
「好くって」返事を待たずに千代田草履を脱ぎ棄てて這入った。
 障子はこの似つかわしい二人を狭い一間に押し籠めて、外界との縁を断ってしまった。しかしこういう事はこれが始めではない。今までも度々あって、その度毎に純一は胸を躍らせたのである。
「画があるでしょう。ちょいと拝見」
 純一と並んで据わって、机の上にあった西洋雑誌をひっくり返して見ている。
 お召の羽織の裾がしっとりしたjet de la draperie《ジェエ ド ラ ドラプリイ》をなして、純一が素早く出して薦めた座布団の上に委積《たたな》わって、その上へたっぷり一握《ひとつか》みある濃い褐色のお下げが重げに垂れている。
 頬から、腮《あご》から、耳の下を頸《くび》に掛けて、障ったら、指に軽い抗抵をなして窪《くぼ》みそうな、※[#「※」は「年+鳥」、第3水準 1−94−59、113−2]色《ときいろ》の肌の見えているのと、ペエジを翻《かえ》す手の一つ一つの指の節に、抉《えぐ》ったような窪みの附いているのとの上を、純一の不安な目は往反《
前へ 次へ
全282ページ中140ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング