恐ろしい「盲目なる策励」が理性の光を覆うて、純一にこんな事を思わせる。これから一走りにあの家へ行って、門のベルを鳴らして見たい。己《おれ》がこの丘の上に立ってこう思っているように、あの奥さんもほの暗い電燈の下の白いcourte−pointe《クウルト ポアント》の中で、己を思っているのではあるまいか。
純一は忽《たちま》ち肌の粟立《あわだ》つのを感じた。そしてひどく刹那《せつな》の妄想《もうそう》を慙《は》じた。
馬鹿な。己はどこまでおめでたい人間だろう。芝居で只一度逢って、只一度尋ねて行っただけの己ではないか。己が幾人かの中の一人に過ぎないということは、殆ど問うことを須《ま》たない。己の方で遠慮をしていれば、向うからは一枚の葉書もよこさない。二十日ばかりの長い間、己は待たない、待ちたくないと思いながら、意志に背いて便《たより》を待っていた。そしてそれが徒《いたず》ら事であったではないか。純一は足元にあった小石を下駄で蹴飛《けと》ばした。石は灌木の間を穿《うが》って崖《がけ》の下へ墜《お》ちた。純一はステッキを揮《ふ》って帰途に就いた。
* * *
純一
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