に出逢っても屈折しないラジウム光線のような文章で、何もかも自己とは交渉のないように書いて、「ああ、わたくしの頭にはなんにもない」なんぞと云うだろう。今の文壇は、愚痴というものの外に、力の反応《はんおう》を見ることの出来ない程に萎弱《いじゃく》しているのだが、これなら何等の反感をも起さずに済む筈《はず》だ。純一はこんな事を考えながら指《さす》が谷《や》の町を歩いて帰った。
十四
十二月は残り少なになった。前月の中頃から、四十日《しじゅうにち》程の間雨が降ったのを記憶しない。純一は散歩もし飽きて、自然に内にいて本を読んでいる日が多くなる。二三日続くと、頭が重く、気分が悪くなって、食機《しょくき》が振わなくなる。そういう時には、三崎町《さんさきちょう》の町屋が店をしまって、板戸を卸す頃から、急に思い立って、人気《ひとけ》のない上野の山を、薩摩下駄をがら附かせて歩いたこともある。
或るそういう晩の事であった。両大師の横を曲がって石燈籠《いしどうろう》の沢山並んでいる処を通って、ふと鶯坂《うぐいすざか》の上に出た。丁度青森線の上りの終列車が丘の下を通る時であった。死せる都会のは
前へ
次へ
全282ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング