出来ないで、自然主義をお座敷向きにしようとするリベラルな流義と、電信体の悪く気取った文章で、徒《いたず》らに霊的芸術の真似をしていて、到底思想の貧弱を覆うことの出来ない流儀とが出来ているというのである。
純一はここまで読んで来て、ふいと自分の思想が書物を離れて動き出した。目には文字《もんじ》を見ていて、心には別の事を思っている。
それは自分のきのうの閲歴が体だけの閲歴であって、自分の霊は別に空中の道を歩いていると思ったのが始で、それから本に書いてある事が余所になってしまったのである。
あの霊を離れた交を、坂井夫人はいつまで継続しようとするだろうか。きのうも既に心に浮かんだオオドのように、いつまでも己に附き纏《まと》うのだろうか。それとも夫人は目的を達するまでは、一直線に進んで来たが、既に目的を達した時が初《はじめ》の終なのであろうか。借りて帰っているラシイヌの一巻が、今は自分を向うに結び附けている一筋の糸である。あれを返すとき、向うは糸を切るであろうか。それともその一筋を二筋にも三筋にもしはすまいか。手紙をよこしはすまいか。この内へ尋ねて来はすまいか。
こう思うと、なんだかその
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