くさは数代|前《まえ》に真志屋《ましや》へ嫁入した島《しま》という女の遺物である。島の里方《さとかた》を河内屋半兵衛《かわちやはんべえ》といって、真志屋と同じく水戸家の賄方《まかないかた》を勤め、三人扶持を給せられていた。お七の父八百屋|市左衛門《いちざえもん》はこの河内屋の地借《じかり》であった。島が屋敷奉公に出る時、穉《おさな》なじみのお七が七寸四方ばかりの緋縮緬《ひぢりめん》のふくさに、紅絹裏《もみうら》を附けて縫ってくれた。間もなく本郷|森川宿《もりかわじゅく》のお七の家は天和《てんな》二年十二月二十八日の火事に類焼した。お七は避難の間に情人《じょうにん》と相識《そうしき》になって、翌年の春家に帰った後《のち》、再び情人と相見ようとして放火したのだそうである。お七は天和三年三月二十九日に、十六歳で刑せられた。島は記念《かたみ》のふくさを愛蔵して、真志屋へ持って来た。そして祐天上人《ゆうてんしょうにん》から受けた名号《みょうごう》をそれに裹《つつ》んでいた。五郎作は新《あらた》にふくさの由来を白絹に書いて縫い附けさせたので、山崎に持って来て見せたのである。
五郎作と相似て、抽斎
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