い。池田という檀家がないから、池田という人の墓のありようがないというのである。
「それでも新聞に、行倒《ゆきだお》れがあったのを共同墓地に埋めたということがあるではありませんか。そうして見れば檀家のない仏の往《い》く所があるはずです。わたくしの尋ねるのは、行倒れではないが、前に埋めてあった寺が取払《とりはらい》になって、こっちへ持って来られた仏です。そういう時、石塔があれば石塔も運んで来るでしょう。それをわたくしは尋ねるのです。」こういってわたくしは女の毎区有主説に反駁《はんばく》を試みた。
「ええ、それは行倒れを埋める所も一カ所ございます。ですけれど行倒れに石塔を建てて遣《や》る人はございません。それにお寺から石塔を運んで来たということは、聞いたこともございません。つまりそんな所には石塔なんぞは一つもないのでございます。」
「でもわたくしは切角《せっかく》尋ねに来たものですから、そこへ往って見ましょう。」
「およしなさいまし。石塔のないことはわたくしがお受合《うけあい》申しますから。」こういって女は笑った。
わたくしもげにもと思ったので、墓地には足を容《い》れずに引き返した。
女
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