−81−66]《い》えざるに東京に還った。

   その百十七

 三世勝三郎の病は東京に還ってからも癒えなかった。当時勝三郎は東京座|頭取《とうどり》であったので、高足弟子《こうそくていし》たる浅草|森田町《もりたちょう》の勝四郎をして主としてその事に当らしめた。勝四郎は即ち今の勝五郎である。然るに勝三郎は東京座における勝四郎の勤《つとめ》ぶりに慊《あきたら》なかった。そして病のために気短《きみじか》になっている勝三郎と勝四郎との間に、次第に繕いがたい釁隙《きんげき》を生じた。
 五月に至って勝三郎は房州へ転地することを思い立ったが、出発に臨んで自分の去った後《のち》における杵勝分派の前途を気遣った。そして分派の永続を保証すべき男女名取の盟約書を作らせようとした。勝久の世話をしている女名取の間には、これを作るに何の故障もなかった。しかし勝四郎を領袖《りょうしゅう》としている男名取らは、先ず師匠の怒《いかり》が解けて、師匠と勝四郎との交《まじわり》が昔の如き和熟を見るに至るまでは、盟約書に調印することは出来ぬといった。この時勝久は病める師匠の心を安《やす》んずるには、男女名取総員の盟約
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