れたのである。
 吉野の家には二人の女《むすめ》があって、姉をふくといい、妹をかねといった。老夫婦は即時にこの姉妹を入門させた。おかねさんは今日本橋|大坂町《おおさかまち》十三番地に住む水野某の妻で、子供をも勝久の弟子にしている。
 吉野は勝久の事を町住いに馴れぬといった。勝久はかつて砂糖店を出していたことはあっても、今いわゆる愛敬《あいきょう》商売の師匠となって見ると、自分の物馴れぬことの甚しさに気附かずにはいられなかった。これまで自分を「お陸さん」と呼んだ人が、忽《たちま》ち「お師匠さん」と呼ぶ。それを聞くごとにぎくりとして、理性は呼ぶ人の詞《ことば》の妥当なるを認めながら、感情はその人を意地悪のように思う。砂糖屋でいた頃も、八百屋《やおや》、肴屋《さかなや》にお前と呼ぶことを遠慮したが、当時はまだその辞《ことば》を紆曲《うきょく》にして直《ただち》に相手を斥《さ》して呼ぶことを避けていた。今はあらゆる職業の人に交わって、誰をも檀那《だんな》といい、お上《かみ》さんといわなくてはならない。それがどうも口に出憎《でにく》いのであった。或時吉野の主人が「好く気を附けて、人に高ぶるなんぞ
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