げんくん》の『経籍訪古志』を廓大《かくだい》して、古《いにしえ》より今に及ぼし、東より西に及ぼすにあるといっても、あるいは不可なることがなかろう。保さんは果して能《よ》くその志を成すであろうか。世間は果して能く保さんをしてその志を成さしむるであろうか。
 保さんは今年《こんねん》大正五年に六十歳、妻佐野氏お松さんは四十八歳、女《じょ》乙女さんは十七歳である。乙女さんは明治四十一年以降|鏑木清方《かぶらききよかた》に就《つ》いて画《え》を学び、また大正三年|以還《いかん》跡見《あとみ》女学校の生徒になっている。
 第二には本所の渋江氏がある。女主人《おんなあるじ》は抽斎の四女|陸《くが》で、長唄の師匠|杵屋勝久《きねやかつひさ》さんがこれである。既に記《き》したる如く、大正五年には七十歳になった。
 陸が始《はじめ》て長唄の手ほどきをしてもらった師匠は日本橋|馬喰町《ばくろうちょう》の二世杵屋勝三郎で、馬場《ばば》の鬼勝《おにかつ》と称せられた名人である。これは嘉永三年陸が僅《わずか》に四歳になった時だというから、まだ小柳町の大工の棟梁《とうりょう》新八の家へ里子に遣られていて、そこから
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