新聞記者として、政治を論じた。しかし最も大いに精力を費《ついや》したものは、書肆《しょし》博文館のためにする著作翻訳で、その刊行する所の書が、通計約百五十部の多きに至っている。その書は随時|世人《せいじん》を啓発した功はあるにしても、概《おおむね》皆|時尚《じしょう》を追う書估《しょこ》の誅求《ちゅうきゅう》に応じて筆を走らせたものである。保さんの精力は徒費せられたといわざることを得ない。そして保さんは自らこれを知っている。畢竟《ひっきょう》文士と書估との関係はミュチュアリスムであるべきのに、実はパラジチスムになっている。保さんは生物学上の亭主役をしたのである。
保さんの作らんと欲する書は、今なお計画として保さんの意中にある。曰《いわ》く本私刑史、曰く支那刑法史、曰く経子《けいし》一家言、曰く周易一家言、曰く読書五十年、この五部の書が即ちこれである。就中《なかんずく》読書五十年の如きは、啻《ただ》に計画として存在するのみではない、その藁本《こうほん》が既に堆《たい》を成している。これは一種のビブリオグラフィイで、保さんの博渉の一面を窺《うかが》うに足るものである。著者の志す所は厳君《
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