史を談じて更《こう》の闌《たけなわ》なるに至ったことを記憶している。また翌十日にも午食《ごしょく》に蕎麦を食べたことを記憶している。午後三時頃五百は煙草を買いに出た。二、三年|前《ぜん》からは子らの諌《いさめ》を納《い》れて、単身戸外に出ぬことにしていたが、当時の家から煙草|店《みせ》へ往く道は、烏森神社の境内であって車も通らぬゆえ、煙草を買いにだけは単身で往った。保は自分の部屋で書を読んで、これを知らずにいた。暫《しばら》くして五百は烟草を買って帰って、保の背後《うしろ》に立って話をし出した。保はかつ読みかつ答えた。初《はじめ》てドイツ語を学ぶ頃で、読んでいる書はシェッフェルの文典であった。保は母の気息の促迫しているのに気が附いて、「おっ母《か》様、大そうせかせかしますね」といった。
「ああ年のせいだろう、少し歩くと息が切れるのだよ。」五百はこういったが、やはり話を罷《や》めずにいた。
 少し立って五百は突然黙った。
「おっ母様、どうかなすったのですか。」保はこういって背後《うしろ》を顧みた。
 五百は火鉢の前に坐って、やや首を傾《かたぶ》けていたが、保はその姿勢の常に異なるのに気が
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