くのしん》、鎌田栄吉《かまだえいきち》等があり、生徒中に池辺吉太郎《いけべきちたろう》、門野重九郎《かどのじゅうくろう》、和田豊治《わだとよじ》、日比翁助《ひびおうすけ》、伊吹雷太《いぶきらいた》等があった。愛知県中学校長を免ずる辞令は二月十四日を以て発せられた。保は芝《しば》烏森町《からすもりちょう》一番地に家を借りて、四月五日に国府《こふ》から還《かえ》った母と水木《みき》とを迎えた。
 勝久は相生町《あいおいちょう》の家で長唄を教えていて、山田脩はその家から府庁電信局に通勤していた。そこへ優《ゆたか》が開拓使の職を辞して札幌から帰ったのが八月十日である。優は無妻になっているので、勝久に説いて師匠を罷《や》めさせ、専《もっぱ》ら家政を掌《つかさど》らせた。
 八月中の事であった。保は客《かく》を避けて『横浜毎日新聞』に寄する文を草せんがために、一週日《いっしゅうじつ》ほどの間柳島の帆足謙三《ほあしけんぞう》というものの家に起臥《きが》していた。烏森町の家には水木を遺《のこ》して母に侍せしめ、かつ優、脩、勝久の三人をして交る交るその安否を問わしめた。然るに或夜水木が帆足の家に来て、母
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