に大学|南校《なんこう》にも籍を置き、日課を分割して三校に往来し、なお放課後にはフルベックの許《もと》を訪うて教を受けた。フルベックは本《もと》和蘭《オランダ》人で亜米利加《アメリカ》合衆国に民籍を有していた。日本の教育界を開拓した一人《いちにん》である。
 学資は弘前藩から送って来る五人扶持の中《うち》三人扶持を売って弁ずることが出来た。当時の相場《そうば》で一カ月金二両三分二朱と四百六十七文であった。書籍は英文のものは初より新《あらた》に買うことを期していたが、漢書は弘前から抽斎の手沢本《しゅたくぼん》を送ってもらうことにした。然るにこの書籍を積んだ舟が、航海中七月九日に暴風に遭って覆って、抽斎のかつて蒐集《しゅうしゅう》した古刊本等の大部分が海若《かいじゃく》の有《ゆう》に帰《き》した。
 八月二十八日に弘前県の幹督が成善に命ずるに神社|調掛《しらべがかり》を以てし、金三両二分二朱と二匁二分五厘の手当を給した。この命は成善が共立学舎に入《い》ることを届けて置いたので、同時に「欠席|聞届《ききとどけ》の委頼《いらい》」という形式を以て学舎に伝えられた。これより先七月十四日の詔《みこ
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