の夫|飯田良清《いいだよしきよ》の養子孫三郎は、この年江戸が東京と改称した後《のち》、静岡藩に赴いて官吏になった。
 森|枳園《きえん》はこの年七月に東京から福山に遷《うつ》った。当時の藩主は文久元年に伊予守|正教《まさのり》の後《のち》を承《う》けた阿部《あべ》主計頭《かぞえのかみ》正方《まさかた》であった。
 優善の友塩田|良三《りょうさん》はこの年|浦和《うらわ》県の官吏になった。これより先良三は、優善が山田|椿庭《ちんてい》の塾に入《い》ったのと殆《ほとん》ど同時に、伊沢柏軒の塾に入《い》って、柏軒にその才の雋鋭《しゅんえい》なるを認められ、節《せつ》を折って書を読んだ。文久三年に柏軒が歿してからは家に帰っていて、今|仕宦《しかん》したのである。
 この年|箱館《はこだて》に拠《よ》っている榎本武揚《えのもとたけあき》を攻めんがために、官軍が発向する中に、福山藩の兵が参加していた。伊沢榛軒の嗣子|棠軒《とうけん》はこれに従って北に赴いた。そして渋江氏を富田新町に訪《と》うた。棠軒は福山藩から一粒金丹《いちりゅうきんたん》を買うことを託せられていたので、この任を果たす傍《かたわら
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