した。この晩に宿に著いて、五百は成善に女装させた。
 出羽《でわ》の山形は江戸から九十里で、弘前に至る行程の半《なかば》である。常の旅には此《ここ》に来ると祝う習《ならい》であったが、五百らはわざと旅店を避けて鰻屋《うなぎや》に宿を求めた。

   その八十二

 山形から弘前に往く順路は、小坂峠《こざかとうげ》を踰《こ》えて仙台に入《い》るのである。五百らの一行は仙台を避けて、板谷峠《いたやとうげ》を踰えて米沢《よねざわ》に入《い》ることになった。しかしこの道筋も安全ではなかった。上山《かみのやま》まで往くと、形勢が甚だ不穏なので、数日間|淹留《えんりゅう》した。
 五百らは路用の金が竭《つ》きた。江戸を発する時、多く金を携えて行くのは危険だといって、金銭を長持《ながもち》五十|荷《か》余りの底に布《し》かせて舟廻《ふなまわ》しにしたからである。五百らは上山で、ようよう陸を運んで来た些《ちと》の荷物の過半を売った。これは金を得ようとしたばかりではない。間道《かんどう》を進むことに決したので、嵩高《かさだか》になる荷は持っていられぬからである。荷を売った銭は固《もと》より路用の不足を補
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