て、特に矢島の名を斥《さ》して招請するものさえあった。五百も比良野|貞固《さだかた》もこれがために頗《すこぶ》る心を安んじた。
既にしてこの年二月の初午《はつうま》の日となった。渋江氏では亀沢稲荷の祭を行うといって、親戚故旧を集《つど》えた。優善も来て宴に列し、清元《きよもと》を語ったり茶番を演じたりした。五百はこれを見て苦々《にがにが》しくは思ったが、酒を飲まぬ優善であるから、よしや少しく興に乗じたからといって、後《のち》に累《わずらい》を胎《のこ》すような事はあるまいと気に掛けずにいた。
優善が渋江の家に来て、その夕方に帰ってから、二、三日立った頃の事である。師山田|椿庭《ちんてい》が本郷弓町から尋ねて来て、「矢島さんはこちらですか、余り久しく御滞留になりますから、どうなされたかと存じて伺いました」といった。
「優善は初午の日にまいりましたきりで、あの日には晩の四つ頃に帰りましたが」と、五百は訝《いぶ》かしげに答えた。
「はてな。あれから塾へは帰られませんが。」椿庭はこういって眉《まゆ》を蹙《しか》めた。
五百は即時に人を諸方に馳《は》せて捜索せしめた。優善の所在はすぐに知れ
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