衛門が妻《さい》の妹の五百を、啻《ただ》抽斎の配偶として尊敬するのみでなく、かくまでに信任したには、別に来歴がある。それは或時宗右衛門が家庭のチランとして大いに安を虐待して、五百の厳《きびし》い忠告を受け、涙を流して罪を謝したことがあって、それから後《のち》は五百の前に項《うなじ》を屈したのである。
宗右衛門は性質|亮直《りょうちょく》に過ぐるともいうべき人であったが、癇癪持《かんしゃくもち》であった。今から十二年|前《ぜん》の事である。宗右衛門はまだ七歳の銓《せん》に読書を授け、この子が大きくなったなら士《さむらい》の女房《にょうぼう》にするといっていた。銓は記性《きせい》があって、書を善く読んだ。こういう時に、宗右衛門が酒気を帯びていると、銓を側に引き附けて置いて、忍耐を教えるといって、戯《たわむれ》のように煙管《キセル》で頭を打つことがある。銓は初め忍んで黙っているが、後《のち》には「お父《と》っさん、厭《いや》だ」といって、手を挙げて打つ真似《まね》をする。宗右衛門は怒《いか》って「親に手向《てむかい》をするか」といいつつ、銓を拳《こぶし》で乱打する。或日こういう場合に、安が
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