ってあまねく》、其待人也軽以約《そのひとをまつやかるくしてもってやくす》」といった。人と交《まじわ》るには、その長を取って、その短を咎《とが》めぬが好《い》い。「無求備於一人《いちにんにそなわるをもとむるなかれ》」といい、「及其使人也器之《そのひとをつかうにおよびてやこれをきとす》」というは即ちこれである。これを推し広めて言えば、『老子』の「治大国《たいこくをおさむるは》、若烹小鮮《しょうせんをにるごとし》」という意に帰著《きちゃく》する。「大道廃有仁義《だいどうすたれてじんぎあり》」といい、「聖人不死《せいじんはしせざれば》、大盗不止《たいとうはやまず》」というのも、その反面を指《ゆびさ》して言ったのである。己《おれ》も往事を顧《かえりみ》れば、動《やや》もすれば※[#「挈」の「手」に代えて「糸」、第3水準1−90−4]矩《けっく》の道において闕《か》くる所があった。妻《さい》岡西氏|徳《とく》を疎《うと》んじたなどもこれがためである。幸《さいわい》に父に匡救《きょうきゅう》せられて悔い改むることを得た。平井東堂《ひらいとうどう》は学あり識ある傑物である。然るにその父は用人たることを
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