屋《ぬりものどいや》の業はここに廃絶した。跡に遣《のこ》ったのは未亡人安四十四歳、長女|敬《けい》二十一歳、次女|銓《せん》十九歳の三人である。五百は台所町の邸《やしき》の空地《くうち》に小さい家を建ててこれを迎え入れた。五百は敬に壻を取って長尾氏の祀《まつり》を奉ぜしめようとして、安に説き勧めたが、安は猶予して決することが出来なかった。
比良野|貞固《さだかた》は抽斎の歿した直後から、連《しきり》に五百に説いて、渋江氏の家を挙げて比良野邸に寄寓せしめようとした。貞固はこういった。自分は一年|前《ぜん》に抽斎と藩政上の意見を異にして、一時絶交の姿になっていた。しかし抽斎との情誼《じょうぎ》を忘るることなく、早晩|疇昔《ちゅうせき》の親《したし》みを回復しようと思っているうちに、図らずも抽斎に死なれた。自分はどうにかして旧恩に報いなくてはならない。自分の邸宅には空室《くうしつ》が多い。どうぞそこへ移って来て、我家《わがいえ》に住む如くに住んでもらいたい。自分は貧《まずし》いが、日々《にちにち》の生計には余裕がある。決して衣食の価《あたい》は申し受けない。そうすれば渋江|一家《いっけ》は
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