ではこの年二月十四日に、矢の倉の末家《ばつけ》の※[#「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭《さいてい》が六十三歳で歿し、十一月に向《むこう》柳原《やなぎはら》の本家の暁湖が五十二歳で歿した。わたくしの所蔵の安政四年「武鑑」は、※[#「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭が既に逝《ゆ》いて、暁湖がなお存していた時に成ったもので、※[#「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭の子|安琢《あんたく》が多紀安琢二百俵、父|楽春院《らくしゅんいん》として載せてあり、暁湖は旧に依《よ》って多紀|安良《あんりょう》法眼《ほうげん》二百俵、父|安元《あんげん》として載せてある。※[#「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭の楽真院を、「武鑑」には前から楽春院に作ってある。その何《なん》の故なるを詳《つまびらか》にしない。

   その五十二

 ※[#「くさかんむり/頤のへん」、第4水準2−86−13]庭《さいてい》、名は元堅《げんけん》、字《あざな》は亦柔《えきじゅう》、一に三松《さんしょう》と号す。通称は安叔《あんしゅく》、後《のち》楽
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