津軽に遷《うつ》るに及んで、独り永《なが》の暇《いとま》を願って、深川《ふかがわ》に米店《こめみせ》を開いた人である。

   その四十八

 抽斎が本所二つ目の津軽家上屋敷から、台所町に引き返して見ると、住宅は悉く傾《かたぶ》き倒れていた。二階の座敷牢は粉韲《ふんせい》せられて迹《あと》だに留《とど》めなかった。対門《たいもん》の小姓組|番頭《ばんがしら》土屋《つちや》佐渡守|邦直《くになお》の屋敷は火を失していた。
 地震はその夜《よ》歇《や》んでは起り、起っては歇《や》んだ。町筋ごとに損害の程度は相殊《あいことな》っていたが、江戸の全市に家屋土蔵の無瑕《むきず》なものは少かった。上野の大仏は首が砕け、谷中《やなか》天王寺《てんのうじ》の塔は九輪《くりん》が落ち、浅草寺の塔は九輪が傾《かたぶ》いた。数十カ所から起った火は、三日の朝辰の刻に至って始て消された。公《おおやけ》に届けられた変死者が四千三百人であった。
 三日以後にも昼夜数度の震動があるので、第宅《ていたく》のあるものは庭に小屋掛《こやがけ》をして住み、市民にも露宿するものが多かった。将軍家定は二日の夜《よる》吹上《ふきあ
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