ていた抽斎も、ここに至って※[#「宀/浸」、第4水準2−8−7]《やや》風潮の化誘《かゆう》する所となった。それには当時|産蓐《さんじょく》にいた女丈夫《じょじょうふ》五百《いお》の啓沃《けいよく》も与《あずか》って力があったであろう。抽斎は遂に進んで津軽士人のために画策するに至った。
 津軽|順承《ゆきつぐ》は一の進言に接した。これを上《たてまつ》ったものは用人《ようにん》加藤|清兵衛《せいべえ》、側用人《そばようにん》兼松伴大夫《かねまつはんたゆう》、目附兼松三郎である。幕府は甲冑を準備することを令した。然るに藩の士人の能《よ》くこれを遵行《じゅんこう》するものは少い。概《おおむ》ね皆衣食だに給せざるを以て、これに及ぶに遑《いとま》あらざるのである。宜《よろし》く現に甲冑を有せざるものには、金十八両を貸与してこれが貲《し》に充《み》てしめ、年賦に依って還納せしむべきである。かつ今より後毎年一度甲冑|改《あらため》を行い、手入《ていれ》を怠らしめざるようにせられたいというのである。順承はこれを可とした。
 この進言が抽斎の意より出《い》で、兼松三郎がこれを承《う》けて案を具し、両用人
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