のである。
貞固《さだかた》は謹んで聴《き》いていた。そして抽斎が「子曰《しのたまわく》、噫斗※[#「霄」の「雨かんむり」に代えて「竹かんむり」、第3水準1−89−66]之人《ああとしょうのひと》、何足算也《なんぞかぞうるにたらん》」に説き到《いた》ったとき、貞固の目はかがやいた。
講じ畢《おわ》った後《のち》、貞固は暫《しばら》く瞑目《めいもく》沈思していたが、徐《しずか》に起《た》って仏壇の前に往って、祖先の位牌の前にぬかずいた。そしてはっきりした声でいった。「わたくしは今日《こんにち》から一命を賭《と》して職務のために尽します。」貞固の目には涙が湛《たた》えられていた。
抽斎はこの日に比良野の家から帰って、五百《いお》に「比良野は実に立派な侍《さむらい》だ」といったそうである。その声は震《ふるい》を帯びていたと、後に五百が話した。
留守居になってからの貞固は、毎朝《まいちょう》日の出《いず》ると共に起きた。そして先ず厩《うまや》を見廻った。そこには愛馬|浜風《はまかぜ》が繋《つな》いであった。友達がなぜそんなに馬を気に掛けるかというと、馬は生死《しょうし》を共にするものだ
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