《かたち》を改めていった。
「わたくしは今日《こんにち》父の跡を襲いで、留守居役を仰付《おおせつ》けられました。今までとは違った心掛《こころがけ》がなくてはならぬ役目と存ぜられます。実はそれに用立《ようだ》つお講釈が承わりたさに、御足労を願いました。あの四方に使《つかい》して君命を辱《はずかし》めずということがございましたね。あれを一つお講じ下さいますまいか。」
「先ず何よりもおよろこびを言わんではなるまい。さて講釈の事だが、これはまた至極のお思附《おもいつき》だ。委細承知しました」と抽斎は快《こころよ》く諾した。

   その四十

 抽斎は有合せの道春点《どうしゅんてん》の『論語』を取り出させて、巻《まきの》七を開いた。そして「子貢問曰《しこうといていわく》、何如斯可謂之土矣《いかなるをかこれこれをしというべき》」という所から講じ始めた。固《もと》より朱註をば顧みない。都《すべ》て古義に従って縦説横説した。抽斎は師迷庵の校刻した六朝本《りくちょうぼん》の如きは、何時《なんどき》でも毎葉《まいよう》毎行《まいこう》の文字の配置に至るまで、空《くう》に憑《よ》って思い浮べることが出来た
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