氏を嗣《つ》がしめたが、格は早世した。長男|正準《せいじゅん》は出《い》でて相田《あいだ》氏を冒《おか》したので、善庵の跡は次女の壻横山氏|※[#「鹿/辰」、117−6]《しん》が襲《つ》いだ。
 弘前藩では必ずしも士人を幕府に出すことを喜ばなかった。抽斎が目見をした時も、同僚にして来り賀するものは一人《いちにん》もなかった。しかし当時世間一般には目見以上ということが、頗《すこぶ》る重きをなしていたのである。伊沢榛軒は少しく抽斎に先んじて目見をしたが、阿部家のこれに対する処置には榛軒自己をして喫驚《きっきょう》せしむるものがあった。榛軒は目見の日に本郷丸山の中屋敷から登城した。さて目見を畢《おわ》って帰って、常の如く通用門を入《い》らんとすると、門番が忽《たちま》ち本門の側《かたわら》に下座した。榛軒は誰《たれ》を迎えるのかと疑って、四辺《しへん》を顧《かえりみ》たが、別に人影は見えなかった。そこで始て自分に礼を行うのだと知った。次いで常の如く中の口から進もうとすると、玄関の左右に詰衆《つめしゅう》が平伏しているのに気が附いた。榛軒はまた驚いた。間もなく阿部家では、榛軒を大目附格に進ま
前へ 次へ
全446ページ中146ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング