徳川家斉《とくがわいえなり》が五十四、五歳になった時である。御台所《みだいどころ》は近衛経煕《このえけいき》の養女|茂姫《しげひめ》である。
 五百は姉小路《あねこうじ》という奥女中の部屋子《へやこ》であったという。姉小路というからには、上臈《じょうろう》であっただろう。然《しか》らば長局《ながつぼね》の南一の側《かわ》に、五百はいたはずである。五百らが夕方《ゆうかた》になると、長い廊下を通って締めに往《ゆ》かなくてはならぬ窓があった。その廊下には鬼が出るという噂《うわさ》があった。鬼とはどんな物で、それが出て何をするかというに、誰《たれ》も好《よ》くは見ぬが、男の衣《きもの》を着ていて、額に角《つの》が生《は》えている。それが礫《つぶて》を投げ掛けたり、灰を蒔《ま》き掛けたりするというのである。そこでどの部屋子も窓を締めに往くことを嫌って、互《たがい》に譲り合った。五百は穉《おさな》くても胆力があり、武芸の稽古《けいこ》をもしたことがあるので、自ら望んで窓を締めに往《い》った。
 暗い廊下を進んで行くと、果してちょろちょろと走り出たものがある。おやと思う間もなく、五百は片頬《かたほ》
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