てから見ると、才貌共に予期したようではなかった。それだけならばまだ好《よ》かったが、徳は兄には似ないで、かえって父栄玄の褊狭《へんきょう》な気質を受け継いでいた。そしてこれが抽斎にアンチパチイを起させた。
 最初の妻|定《さだ》は貧家の女《むすめ》の具えていそうな美徳を具えていなかったらしく、抽斎の父|允成《ただしげ》が或時、己《おれ》の考が悪かったといって歎息したこともあるそうだが、抽斎はそれほど厭《いや》とは思わなかった。二人《ににん》目の妻|威能《いの》は怜悧《れいり》で、人を使う才があった。とにかく抽斎に始てアンチパチイを起させたのは、三人目の徳であった。

   その三十

 克己を忘れたことのない抽斎は、徳を叱《しか》り懲らすことはなかった。それのみではない。あらわに不快の色を見せもしなかった。しかし結婚してから一年半ばかりの間、これに親近せずにいた。そして弘前へ立った。初度の旅行の時の事である。
 さて抽斎が弘前にいる間、江戸の便《たより》があるごとに、必ず長文の手紙が徳から来た。留守中の出来事を、殆《ほとん》ど日記のように悉《くわし》く書いたのである。抽斎は初め数行《す
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