3水準1−93−66]狗之疾《ぎゅうばけいくのしつにいたるまで》、来乞治者《きたりてちをこうものに》、莫不施術《せじゅつせざるはなし》」と、自記の文にいってある。収生《しゅうせい》はとりあげである。整骨は骨つぎである。獣医の縄張内《なわばりない》にも立ち入った。医者の歯を治療するのをだに拒もうとする今の人には、想像することも出来ぬ事である。
 老いたる祖母は浦賀で困厄《こんやく》の間に歿した。それでも跡に母と妻と子とがある。自己を併《あわ》せて四人の口を、此《かく》の如き手段で糊《のり》しなくてはならなかった。しかし枳園の性格から推せば、この間に処して意気|沮喪《そそう》することもなく、なお幾分のボンヌ・ユミヨオルを保有していたであろう。
 枳園はようよう大磯に落ち着いた。門人が名主《なぬし》をしていて、枳園を江戸の大先生として吹聴《ふいちょう》し、ここに開業の運《はこび》に至ったのである。幾ばくもなくして病家の数《かず》が殖《ふ》えた。金帛《きんはく》を以て謝することの出来ぬものも、米穀|菜蔬《さいそ》を輸《おく》って庖厨《ほうちゅう》を賑《にぎわ》した。後には遠方から轎《かご》を以
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