悪い、心安い砂糖問屋《さとうどいや》があるから、砂糖店を出したが好かろう、医者の家に生れて、陸は秤目《はかりめ》を知っているから丁度好いということであった。砂糖店は開かれた。そして繁昌《はんじょう》した。品《しな》も好く、秤《はかり》も好いと評判せられて、客は遠方から来た。汁粉屋が買いに来る。煮締屋《にしめや》が買いに来る。小松川《こまつがわ》あたりからわざわざ来るものさえあった。
或日貴婦人が女中大勢を連れて店に来た。そして氷砂糖、金米糠《コンペイトー》などを買って、陸に言った。「士族の女《むすめ》で健気《けなげ》にも商売を始めたものがあるという噂《うわさ》を聞いて、わたしはわざわざ買いに来ました。どうぞ中途で罷《や》めないで、辛棒《しんぼう》をし徹《とお》して、人の手本になって下さい」といった。後に聞けば、藤堂家の夫人だそうであった。藤堂家の下屋敷は両国橋詰にあって、当時の主人は高猷《たかゆき》、夫人は一族|高※[#「山/松」、第3水準1−47−81]《たかたけ》の女《じょ》であったはずである。
或日また五百《いお》と保とが寄席《よせ》に往った。心打《しんうち》は円朝《えんちょう》であったが、話の本題に入《い》る前に、こういう事を言った。「この頃緑町では、御大家《ごたいけ》のお嬢様がお砂糖屋をお始《はじめ》になって、殊《こと》の外《ほか》御繁昌だと申すことでございます。時節柄結構なお思い立《たち》で、誰《たれ》もそうありたい事と存じます」といった。話の中《うち》にいわゆる心学《しんがく》を説いた円朝の面目《めんぼく》が窺《うかが》われる。五百は聴《き》いて感慨に堪えなかったそうである。
この砂糖店は幸か不幸か、繁昌の最中《もなか》に閉じられて、陸は世間の同情に酬《むく》いることを得なかった。家族関係の上に除きがたい障礙《しょうがい》が生じたためである。
商業を廃して間暇《かんか》を得た陸の許《もと》へ、稲葉の未亡人は遊びに来て、談は偶《たまたま》長唄の事に及んだ。長唄は未亡人がかつて稽古したことがある。陸には飯よりも好《すき》な道である。一しょに浚《さら》って見ようではないかということになった。いまだ一段を終らぬに、世話好の未亡人は驚歎しつつこういった。「あなたは素人《しろうと》じゃないではありませんか。是非師匠におなりなさい。わたしが一番に弟子入をしま
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