は材能があっても軽《かろ》んぜられる。生徒は多く不平に堪えなかった。中にも東京人某は、己《おのれ》が上位に置かれているにもかかわらず、「この教授法では延寿太夫が最優等生になる」と罵《ののし》った。
保は英語を操《つか》い英文を読むことを志しているのに、学校の現状を見れば、所望に※[#「りっしんべん+(匚<夾)」、第3水準1−84−56]《かな》う科目は絶《たえ》てなかった。また縦《たと》い未来において英文の科が設けられるにしても、共に入学した五十四人の過半は純乎《じゅんこ》たる漢学諸生だから、スペルリングや第一リイダアから始められなくてはならない。保はこれらの人々と歩調を同じうして行くのを堪えがたく思った。
保はどうにかして退学したいと思った。退学してどうするかというと、相識のフルベックに請うて食客にしてもらっても好《い》い。また誰《たれ》かのボオイになって海外へ連れて行ってもらっても好い。モオレエ夫婦などの如く、現に自分を愛しているものもある。頼みさえしたら、ボオイに使ってくれぬこともあるまい。こんな夢を保は見ていた。
保は此《かく》の如くに思惟《しゆい》して、校長、教師に敬意を表せず、校則、課業を遵奉《じゅんぽう》することをも怠り、早晩退学処分の我|頭上《とうじょう》に落ち来《きた》らんことを期していた。校長|諸葛信澄《もろくずのぶずみ》の家に刺《し》を通ぜない。その家が何|町《ちょう》にあるかをだに知らずにいる。教師に遅れて教場に入る。数学を除く外、一切の科目を温習せずに、ただ英文のみを読んでいる。
入舎の命令をばこの状況の下《もと》に接受した。そして保はこう思った。もし入舎せずにいたら、必ず退学処分が降《くだ》るだろう。そうなったら、再び頂天立地《ちょうてんりっち》の自由の身となって、随意に英学を研究しよう。勿論折角|贏《か》ち得た官費は絶えてしまう。しかし書肆《しょし》万巻楼《まんがんろう》の主人が相識で、翻訳書を出してくれようといっている。早速翻訳に着手しようというのである。万巻楼の主人は大伝馬町《おおでんまちょう》の袋屋亀次郎《ふくろやかめじろう》で、これより先《さき》保の初《はじめ》て訳したカッケンボスの『米国史』を引き受けて、前年これを発行したことがある。
保はこの計画を母に語って同意を得た。しかし矢島|優《ゆたか》と比良野|貞固《さだか
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