ョンの強い性質を有していた。その陸に対する要望はこれがために頗る熱烈であった。渋江氏では、もしその請《こい》を納《い》れなかったら、あるいは両家の間に事端《じたん》を生じはすまいかと慮《おもんばか》った。陸が遂に文一郎に嫁したのは、この疑懼《ぎく》の犠牲になったようなものである。
この結婚は、名義からいえば、陸が矢川氏に嫁したのであるが、形迹《けいせき》から見れば、文一郎が壻入をしたようであった。式を行《おこな》った翌日から、夫婦は終日渋江の家にいて、夜更《よふ》けて矢川の家へ寝に帰った。この時文一郎は新《あらた》に馬廻《うままわり》になった年で二十九歳、陸は二十三歳であった。
矢島|優善《やすよし》は、陸が文一郎の妻《さい》になった翌月、即ち十月に、土手町に家を持って、周禎の許《もと》にいた鉄を迎え入れた。これは行懸《ゆきがか》りの上から当然の事で、五百は傍《はた》から世話を焼いたのである。しかし二十三歳になった鉄は、もう昔日の如く夫の甘言に賺《すか》されてはおらぬので、この土手町の住いは優善が身上《しんじょう》のクリジスを起す場所となった。
優善と鉄との間に、夫婦の愛情の生ぜぬことは、固《もと》より予期すべきであった。しかし啻《ただ》に愛情が生ぜざるのみではなく、二人は忽《たちま》ち讐敵《しゅうてき》となった。そしてその争うには、鉄がいつも攻勢を取り、物質上の利害問題を提《ひっさ》げて夫に当るのであった。「あなたがいくじがないばかりに、あの周禎のような男に矢島の家を取られたのです。」この句が幾度《いくたび》となく反復せられる鉄が論難の主眼であった。優善がこれに答えると、鉄は冷笑する、舌打をする。
この争《あらそい》は週を累《かさ》ね月を累ねて歇《や》まなかった。五百らは百方調停を試みたが何の功をも奏せなかった。
五百はやむことをえぬので、周禎に交渉して再び鉄を引き取ってもらおうとした。しかし周禎は容易に応ぜなかった。渋江氏と周禎が方《かた》との間に、幾度となく交換せられた要求と拒絶とは、押問答《おしもんどう》の姿になった。
この往反《おうへん》の最中に忽ち優善が失踪《しっそう》した。十二月二十八日に土手町の家を出て、それきり帰って来ぬのである。渋江氏では、優善が悶《もん》を排せんがために酒色の境に遁《のが》れたのだろうと思って、手分《てわけ》をして料
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