ってあまねく》、其待人也軽以約《そのひとをまつやかるくしてもってやくす》」といった。人と交《まじわ》るには、その長を取って、その短を咎《とが》めぬが好《い》い。「無求備於一人《いちにんにそなわるをもとむるなかれ》」といい、「及其使人也器之《そのひとをつかうにおよびてやこれをきとす》」というは即ちこれである。これを推し広めて言えば、『老子』の「治大国《たいこくをおさむるは》、若烹小鮮《しょうせんをにるごとし》」という意に帰著《きちゃく》する。「大道廃有仁義《だいどうすたれてじんぎあり》」といい、「聖人不死《せいじんはしせざれば》、大盗不止《たいとうはやまず》」というのも、その反面を指《ゆびさ》して言ったのである。己《おれ》も往事を顧《かえりみ》れば、動《やや》もすれば※[#「挈」の「手」に代えて「糸」、第3水準1−90−4]矩《けっく》の道において闕《か》くる所があった。妻《さい》岡西氏|徳《とく》を疎《うと》んじたなどもこれがためである。幸《さいわい》に父に匡救《きょうきゅう》せられて悔い改むることを得た。平井東堂《ひらいとうどう》は学あり識ある傑物である。然るにその父は用人たることを得て、己《おのれ》は用人たることを得ない。己《おれ》はその何故《なにゆえ》なるを知らぬが、修養の足らざるのもまた一因をなしているだろう。比良野助太郎は才に短であるが、人はかえってこれに服する。賦性が自《おのずか》ら※[#「挈」の「手」に代えて「糸」、第3水準1−90−4]矩の道に※[#「りっしんべん+(匚<夾)」、第3水準1−84−56]《かな》っているのであるといった。
 抽斎はまたいった。『孟子《もうし》』の好処は尽心《じんしん》の章にある。「君子有三楽《くんしさんらくあり》、而王天下《しかもてんかにおうたるは》、不与存焉《あずかりそんぜず》、父母倶存《ふぼともにそんし》、兄弟無故《けいていことなきは》、一楽也《いちらくなり》、仰不愧於天《あおぎててんにはじず》、俯不※[#「りっしんべん+乍」、第3水準1−84−42]於人《ふしてひとにはじざるは》、二楽也《にらくなり》、得天下英才《てんかのえいさいをえて》、而教育之《これをきょういくするは》、三楽也《さんらくなり》」というのがこれである。『韓非子《かんぴし》』は主道、揚権《ようけん》、解老《かいろう》、喩老《ゆろう》の諸篇が好《い
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