スピイスブルク市の幸福な状態を話した。こんな結構な、泰平無事な都会に非常な災難が出来ようとは、実に誰も予期してゐなかつたのである。
余程前から市民中の有識者達が、諺のやうにかう云ふ事を言つてゐた。「岡の外からはろくな物は来《く》まい」と云ふのである。不思議にもこの詞が讖《しん》をなした。
丁度|一昨日《をとつひ》の事であつた。正午前五分間と云ふ時、東の丘陵の巓に妙な物が見えた。いつにない出来事なので、どの家の腕附の椅子に掛けてゐる爺いさんも、胸に動悸をさせながら、片々の目でその妙な物を見てゐた。片々の目は矢張塔の大時計を見てゐるのである。
正午前三分間だと云ふ時、丘陵の上に見えてゐた妙な物が、小男で、多分|他所者《たしよもの》だらうと云ふことが分かつた。その男は急いで丘陵を降りて来る。姿が次第に好く見える。古来スピイスブルク市で見たことのない、馬鹿げた風体《ふうてい》の男である。顔の色は煙草のやうに黄いろい。鉤のやうな形の大きい鼻をしてゐる。目玉は黄いろい大豌豆のやうである。広い口の中で綺麗な歯が光つてゐる。それを人に見せたがるものと見えて、いつも口を耳まで開けて笑つてゐる。その
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