ルエツトの踊の足取をして、丘陵を降りて来るのに、一向|間拍子《まびやうし》と云ふものを構はないのを見たばかりでも察せられる。
 そのうち正午前三十秒程になつた。市民等が目を大きく開いて見ようとする隙《ひま》もなく、外道奴《げだうめ》は市民等の間を通り抜けて、脚ではシヤツセエをしたり、バランセエをしたり、ピルエツトをしたり、パア・ド・ゼフイイルをしたりして、羽が生えて飛ぶやうに、議事堂の塔の上に駆け登つた。大時計の傍には番人が驚き呆れながら矢張|息張《いば》つて、ゆつくりと煙草を喫んでゐた。外道奴は番人の鼻を撮んで、右左にゆすぶつて、前へ引つ張つて、それから腋挾んでゐた大きなシヤポオ・クラツクを番人の頭に被せた。そしてそれをずつと下へ引くと、番人の目も口もすつぽり隠れてしまつた。それから大きなヰオリンを振り上げて番人を打《ぶ》つわ、打つわ。胴の空虚なヰオリンで、太つた番人をぽかぽか打つので、丁度議事堂の塔の上で鼓手が一箇聯隊位太鼓を叩き立ててゐるかと思ふやうである。
 こんな怪しからん事をせられて、スピイスブルクの市民等が復讐をせずに見てゐる筈はないが、兎に角正午までにもう半秒時間しかないと云ふ重大な事件があるから、その外の事は考へられない。今に大時計が打たなくてはならない。それが打つ以上は、スピイスブルクの市民の為めには、てんでに懐中時計を出して時間を合せるより大切な事はない。驚いた事には、その職でもないのに、外道奴、丁度此時大時計をいぢくり始めた。併しもう大時計が打ち出すので、市民はその方に気を取られて外道奴が何をするやら、見てゐることが出来なかつた。
「一つ」と大時計が云つた。
「一つ」とスピイスブルク市民たる小さい、太つた爺いさん達が、谺響《こだま》のやうに答へた。「一つ」と爺いさんの懐中時計が云つた。「一つ」とお神さんの時計が云つた。「一つ」と子供達の時計や猫の尻つぽ、豚の尻つぽの時計が云つた。
「二つ」と大時計が云つた。「二つ」と皆が繰り返した。
「三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十を」と大時計が云つた。
「三つ、四つ、五つ、六つ、七つ、八つ、九つ、十を」と皆が答へた。
「十一」と大時計が云つた。
「十一」と皆が合槌を打つた。
「十二」と大時計が云つた。
「十二」と皆が答へて、大満足の体で声の尻を下げた。
「十二時だ」と爺いさん達が云つて、てんで
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