《ぬひ》のなにがしになんの為事をさせるということは、重いことにしてあって、父がみずからきめる。しかし垣衣《しのぶぐさ》、お前の願いはよくよく思い込んでのことと見える。わしが受け合って取りなして、きっと山へ往かれるようにしてやる。安心しているがいい。まあ、二人のおさないものが無事に冬を過してよかった」こう言って小屋を出た。
厨子王は杵《きね》を置いて姉のそばに寄った。「姉えさん。どうしたのです。それはあなたが一しょに山へ来て下さるのは、わたしも嬉しいが、なぜ出し抜けに頼んだのです。なぜわたしに相談しません」
姉の顔は喜びにかがやいている。「ほんにそうお思いのはもっともだが、わたしだってあの人の顔を見るまで、頼もうとは思っていなかったの。ふいと思いついたのだもの」
「そうですか。変ですなあ」厨子王は珍らしい物を見るように姉の顔を眺めている。
奴頭が籠と鎌とを持ってはいって来た。「垣衣《しのぶぐさ》さん。お前に汐汲みをよさせて、柴を苅りにやるのだそうで、わしは道具を持って来た。代りに桶と杓《ひさご》をもらって往こう」
「これはどうもお手数《てかず》でございました」安寿は身軽に立って、桶
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