とらしく笑う。
 安寿の前と変ったのはただこれだけで、言うことが間違ってもおらず、することも平生《へいぜい》の通りである。しかし厨子王は互いに慰めもし、慰められもした一人の姉が、変った様子をするのを見て、際限なくつらく思う心を、誰に打ち明けて話すことも出来ない。二人の子供の境界《きょうがい》は、前より一層寂しくなったのである。
 雪が降ったり歇《や》んだりして、年が暮れかかった。奴《やっこ》も婢《はしため》も外に出る為事《しごと》を止めて、家の中で働くことになった。安寿は糸を紡《つむ》ぐ。厨子王は藁を擣《う》つ。藁を擣つのは修行はいらぬが、糸を紡ぐのはむずかしい。それを夜になると伊勢の小萩が来て、手伝ったり教えたりする。安寿は弟に対する様子が変ったばかりでなく、小萩に対しても詞少なになって、ややもすると不愛想をする。しかし小萩は機嫌を損せずに、いたわるようにしてつきあっている。
 山椒大夫が邸の木戸にも松が立てられた。しかしここの年のはじめは何の晴れがましいこともなく、また族《うから》の女子《おなご》たちは奥深く住んでいて、出入りすることがまれなので、賑《にぎ》わしいこともない。ただ上
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